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こんにちは。はじめまして。
今日から電動スクーター関連のブログを始めました。宜しくお願いします。
専務小島謙治氏は、和三郎氏の女婿、資材部長の和男氏は甥(?)、技術部長の中村昌保氏も遠縁に当たる。
社長を始め、いずれも若手気鋭、昭和27、28年ごろの草レースの全盛期には、いつも昌和が上位を占め、この面においてまず全国に名を売った(名古屋、富士登山レースなどで第一位)。
こういう面の指導的役割をしたのは、中島という老練家で、その下に綱、大川らの実技家がいた。
最初の競走用のエンジンはOHC形で、当時としては最先端的のもの。